名前のない日記

俺の俺による俺のための憑き物落としをしています。

はてブするのも忘れて読み耽った本メモ

ここ最近、はてブを控えめ(当社比)にして読書に勤しんでおりました。おかげさまで無駄にイライラすることもなく、精神衛生的にも良好です。


というわけで、特に需要はないと思いますが読んだ本の感想を適当にメモっておきたいと思います。




盤上のアルファ (講談社文庫)

盤上のアルファ (講談社文庫)

「おまえは嫌われてる」。神戸新報県警担当記者・秋葉隼介は、たった一言で文化部に左遷され、将棋担当を命じられる。そんな秋葉の家に、突然転がり込んだのは、やけ酒の席で大喧嘩をした同い年の不遜な男・真田信繁だった。背水の陣でプロ棋士を志す男が巻き起こす熱い感動の物語。小説現代長編新人賞受賞作

主人公の「いかにも新聞記者」という傲慢さが鼻についたというのもあるけど、作中の随所に「これってもしかしてキャラ設定以上に素なのでは?」感があって、個人的にはあんまり合わなかった。あと、全般的に女性へ向ける視線にイヤらしさがあって、それもちょっとなぁ…と。



氷菓 (角川文庫)

氷菓 (角川文庫)

いつのまにか密室になった教室。毎週必ず借り出される本。あるはずの文集をないと言い張る少年。そして『氷菓』という題名の文集に秘められた三十三年前の真実──。何事にも積極的には関わろうとしない“省エネ”少年・折木奉太郎は、なりゆきで入部した古典部の仲間に依頼され、日常に潜む不思議な謎を次々と解き明かしていくことに。さわやかで、ちょっぴりほろ苦い青春ミステリ、登場! <古典部>シリーズ第1弾!!

一応アニメもこの巻の展開までは読んでいたので展開はわかった上で。

こういう系の主人公だと「人と関わっていくって素敵だよね」方向に進むのが普通なんだけど、例の30年前の事件を教訓に「灰色も悪くないのかもしれない」と思い直すのは、ちょっとひねくれてていいなと思った。



砂の器〈上〉 (新潮文庫)

砂の器〈上〉 (新潮文庫)

東京・蒲田駅の操車場で男の扼殺死体が発見された。被害者の東北訛りと“カメダ”という言葉を唯一つの手がかりとした必死の捜査も空しく捜査本部は解散するが、老練刑事の今西は他の事件の合間をぬって執拗に事件を追う。今西の寝食を忘れた捜査によって断片的だが貴重な事実が判明し始める。だが彼の努力を嘲笑するかのように第二、第三の殺人事件が発生する…。 映画でもドラマでも大ヒットした社会派ミステリー。

映画は有名みたいだけど、未視聴。読んだ後にどういう映画かを知ったんだけど、原作を考えると「そこか」って感じではありますね。慧眼だと思います。少なくとも原作のテーマはそこじゃないと思う。

徐々に謎が明らかになっていく快感ってありますよね。氷菓みたいな短編ミステリもいいけど、こういう超長編もいいなぁと改めて感じました。

しかし色々超展開があって、個人的に中でも極め付けと思うのは、「電車から紙屑撒いてる女がいたwww」というコラムを読んでピーンと来て、撒かれた箇所に当たりをつけて捜索し無事血痕の付着した布きれを見つけるくだり。しかも一人で。警察犬も使わずに。すげぇ。



ある土曜の朝、アル中のバーテン・島村は、新宿の公園で一日の最初のウイスキーを口にしていた。その時、公園に爆音が響き渡り、爆弾テロ事件が発生。死傷者五十人以上。島村は現場から逃げ出すが、指紋の付いたウイスキー瓶を残してしまう。テロの犠牲者の中には、二十二年も音信不通の大学時代の友人が含まれていた。島村は容疑者として追われながらも、事件の真相に迫ろうとする――。小説史上に燦然と輝く、唯一の乱歩賞&直木賞ダブル受賞作!

Amazonレビューに「団塊世代ライトノベル」とあって、上手いこと言うもんだなぁと思った。元々主人公が魅力的すぎるのがそもそもの原因みたいなもんだしね。頭もキレる。「何もなければ世界いってた」と言われるほどボクシングの才能もあった。これぞまさしく俺tueeee!!

ちなみに、俺はラノベ大好きなので楽しく読めました。



ハサミ男 (講談社文庫)

ハサミ男 (講談社文庫)

美少女を殺害し、研ぎあげたハサミを首に突き立てる猟奇殺人犯「ハサミ男」。3番目の犠牲者を決め、綿密に調べ上げるが、自分の手口を真似て殺された彼女の死体を発見する羽目に陥る。自分以外の人間に、何故彼女を殺す必要があるのか。「ハサミ男」は調査をはじめる。精緻にして大胆な長編ミステリの傑作!

本格ミステリですね。本作の目玉は○○トリックなんだけど、改めて読み返してもアンフェア感がほとんどなくて、個人的にはすごく好きでした。「ひっかかるかな? ひっかからないかな?」という伏線の微妙さがいいです。

この作品とは全然別件で似たようなことを思ったんだけど、人間って実は「理解できないもの」を「理解できない」ままに放置しておくことがすごく嫌いな生き物なんだなぁと。

「理解できないもの」に出会ったらなんだかんだ屁理屈をこねくり回してでも理由をつけ、理解した気にならないと気が済まない。「どうして彼はハサミで喉を突き刺したのか」という問いに「理由がない」なんて思いたくない。「病気」とか「育ってきた環境」など無理やり理屈をくっつけ、安心したい。本当は「理由」なんてどこにも存在しないのに。

「理由なんてない。事実があるだけ」

奇しくも堀之内が言った通りだ。



前からそうだけど、やっぱ電子書籍は良いですね。本当にちょっとした時間でも本が読める幸せ。ページをめくる喜びはあるのかもしれないけど、少なくとも俺は多少高くても電子版を探しちゃうなぁ。

傷つけられているという意識がある人ほど、躊躇なく他人を傷つけることが出来る。

久しぶりの更新。特に気に病んではいないけど。



例の絶叫議員のニュースで僕がもっともショックだったのは、「あんな人見たことない!」が、僕の周りの人達の総意だったことだ。マジかー。

前にもちらっと書いたことあるけど、僕の母親はあんな感じだった。もちろん最初からアクセル全開というわけではなくて、徐々に徐々にボルテージを上げていって、さていくか、そろそろいくか? どうだ? いくかいくかいくか、いったぞトップギヤ入れたー! ドカーン! みたいな感じだった。

小さい頃は大層びくびくだった僕も、成長にするにつれて次第に慣れていき、あの状態の母に口答えもできるまでにはなった。ただし、それが原因で凶器を持ち出された時にはさすがにビビったけど。

まぁ過ぎた話だ。

そんなわけで「こんな議員他にもいる」という議員さんの意見は、僕にとっては非常に腑に落ちるものだった。

そういう母を持つ僕としては、彼女は精神的に失調していたのではないかと疑っている。「お前は私の心を叩いてる!」という言葉にも表れているのは、強烈なまでの被害者意識だ。

傷つけられているのは自分なんだ、相手は自分を厳しい状況に追い込んでいる元凶なんだ。そういう思い込みは、他人を攻撃することへの躊躇を容易に失わせる。傷つけられているという意識がある人ほど、躊躇なく相手を傷つけることが出来る。人間とはそういう悲しい生き物だ。

桃鉄では収益物件に投資するのに、現実ではなぜしないのか

みんな桃鉄では収益物件買うのに、なんで現実世界で投資しないの? - ぐりぶろぐ

読みました。暇なので「桃鉄では収益物件に投資するのに、現実ではなぜしないのか」について思いつくまま列記してみたいと思います。素人の戯言の上まとまってないのでそこはご容赦ください。

1.現金の枯渇リスクがない

現実世界で「現金がなくなる=倒産=ゲームオーバー」です。現金がなければ従業員の給与も払えません。秘書も「現金が足りませんぞ!!」とか言ってる場合じゃない。現実なら普通に労基(もしくはハロワ)駆け込み案件です。

桃鉄世界でのマイナス表記を負債と理解すれば、冬の赤マスに飛び込むような素寒貧にも誰かはお金を貸してくれているんでしょう。ありがたいですねー(小御門風に)

現実には、そんな計画性のカケラもない、キングボンビーに取りつかれて事業が好転する見込みも立たない事業者にお金を貸す馬鹿は(基本的には)いません。

2.不動産の売却に関するリスクが(ほぼ)ない

桃鉄世界で物件を買うと売却価格は一律で投資額の半額に設定されています。桃鉄だと通常のプレイでは普通しませんが、確か随意のタイミングで物件売却も確か可能だったような気がします。現実に立ち戻って考えると、売却価格がいついかなる場合でも一律価格で売却可能、というのは中々凄いことです。

通常、不動産価格は景気や周辺状況によって変動します。バブル期に買った不動産が今では10分の1以下になってしまい、売るに売れず含み損を抱えたまま放置、なんてよく聞く話ですSHINE!

ていうかそもそもオールウェイズで買い手がつくのもすごい。売りたくても買い手が中々現れない、なんてよくある話なんですが、桃鉄世界では、あれは政府が買い上げてるイメージなんですかね。*1色々太っ腹な国民ですな。

余談ですが、売却する場合は一律半額なのに、決算上の資産評価額は全額計上(だったと思う)って、桃鉄世界の資産評価ってどうなってるんですかね。売価(時価)が一律で半額、償却もしない前提だとしたら、常に物件資産の半額分の含み損を抱えてることになってしまい、それはそれで中々凄い状態ですね。

3.投資利回りが永続的に一律

これにはいくつかポイントがあるので、ポイントごとに整理します。

(1) 初期投資(建築コスト)が一定

昨今の建築費高騰の流れを見てもらえばわかりますが*2、その時々の景気動向含む様々な要因によって単価は変わっていきます。桃鉄世界と違って、現実では小渕沢の弁当屋はいつもいつでも1000万円で建てられるわけではないんですね。そりゃそうだ。今の単価は下手すると安い時期の1.5倍くらいになってる、なんて話もあります。そんな世知辛い現実とは違い、桃鉄では「今年は建設費高騰のため物件価格が1.5倍になります!」なんてありませんよね。

初期投資額増は次に述べる利回りにも影響してきます。

(2) 投資利回りも一定

不動産の投資利回りの見方は色々あります*3が、収入から費用(管理費、租税公課など)を引いた額を「利益」として初期投資額で割った「実質利回り」で見るのが適当かなと思います。*4

桃鉄でいう「1000万円の物件が50%の収益」とは、経費等を支出していない以上「初期投資額に対する実質利回りが50%」という意味なので、これは不動産投資的(その他の事業としては知らん)には非現実的な数字です。普通の新築マンション投資だと2~4%あれば、みたいな話らしいですしね。しかも都内。*5

経費の部分はある程度固定的にかかってくるのに対し、こちらが期待する収入が発生するかどうかは、その建物について「借り手が現れるか」「その借り手はこちらが期待した賃料を払ってくれるか」という点にかかってきます。当たり前の話ですが、投資家的にはその点を担保するのは中々難しいことです。「○○円の賃料収入を見込んでたのに、借り手が現れないことから賃料を下げざるを得ず、結果的に××円しか得られなかった」なんてよくある話。そしてそれらは全て投資利回りの悪化につながっていきます。

桃鉄には「カニ漁船」(だったっけ?)みたいに年によって収益率が変動する物件がありますが、それをイメージしてもらうとわかりやすいかもしれません。まぁ実際はそこまでボラ大きくないですが。

(3) 経年劣化もしない

現実の不動産は年と共に劣化していきます。竣工当時は流行の最先端を行くファッションビルだったのに、何も手を入れずに30年もほったらかせば立派なオンボロビルの出来上がりです。

劣化するのは建物だけではありません。年を経るごとに収入もどんどん小さくなっていくのが普通です。物件の価値を出来る限り保ち続けるために、世の不動産オーナーたちは頑張ってリニューアル工事をしてみたりテナントを入れ替えたりするわけですが、時の流れには逆らえない、というのは人間も不動産も同じです。*6

 

書き出せば他にもあるかもしれませんが、疲れたんでもうやめときます。

まとめると、桃鉄世界ではほとんどの場合一定の収益を永続的に約束してくれる。変動もない。劣化もしない。不動産事業者の夢を具現化したマーブルファンタズムみたいな世界です。加えて、キャッシュフロー破たんリスクも流動化リスクもほとんど皆無に等しい。現実にこんな物件があったら、何百億円借金してもいいから買うべき、という話になるでしょう。

それらを踏まえて、元記事の「なぜ現実で桃鉄のように投資をしないのか」に返すとすれば「桃鉄にはなくて現実にはある様々なリスクが取れないから」という答えになるでしょう。逆に言えば、それらのリスクを取れると判断できるなら投資すべきと言えるんじゃないでしょうか。

元ブログでは投信について薦められてますが、僕は投信詳しくないのでよくわかりませんが、その辺どうなってるんでしょうか。ローリスクで年利6%取れるならみんなやってると思うんですが、なぜみんなやらないんでしょうね?

*1:いたストだとプレイヤー同士で競売されますが。

*2:2016年の「建築需要」と「建築費」の水準は!?-建設統計からみた建設市場(1)|アーキブック

*3:不動産投資で成功するために知っておくべき利回り計算法

*4:事業として見る場合、利益から減価償却を引いた「営業利益」、借入金利息等を引いた「経常利益」なども見る必要があります。

*5:不動産投資で成功するために知っておくべき利回り計算法

*6:まぁインフレの流れになればそうとも言い切れないと思いますが、現実の賃料相場を眺める限り、賃料相場は上がってるところでは上がってるものの、建築コストほどの割合で上昇しているとは言えません。賃料相場が長期に渡って上昇するという想定は、現時点では描きにくいシナリオだということは間違いないと思います。

結局僕らは、自分以外の誰かのために生きたいのかもしれない(FGO終章クリア感想)

というわけで、FGO始めて3か月くらいですが、人理修復しました。

スタメンぐらいは、スキルマなんて当然無理だけど、せめてレベルマ…と思ってたんだけど、結局中途半端なレベリングで挑み、見事にゲーティアには令呪使わされてしまった。ちくしょう! でも、使わされたのはその1回だけだったので、6章、7章を越えてきたマスターなら行けるぐらいの難易度だったように思います。

「レベルを上げて、バスターで殴る」一辺倒だった戦略も徐々に改善し、今回はフレンドの邪ンヌのクリ殴りの挑戦したりしました。邪ンヌは凄いぞ。名前忘れちゃったけどバサカ魔神柱の70万あったHPが、ちょっと目を離したすきに一瞬で蒸発したのにはビビった。すげえ。邪ンヌ欲しい。ピックアップはよ。

ストーリーは、なんていうか最終回に今まで戦ってきた敵も味方も勢揃いで、という王道展開はわかってても中々良いものだ。ちょっと冗長…というかもうちょっと皆さん自重してくださいよ…と思った章もあったけど。まぁ楽しいからいいよね。マーリンが来なかったのは何か来れない理由があったんだろうか。

ロマン。正直ネタバレ食らってたというのもあり、ここまでの道中で散々ほのめかされてきたので意外性は正直なかった。彼の決断まで含めてまぁそうだよね、という。それはいい。

個人的にはティアマトやキャスパリーグゲーティアというビースト達「人類悪」の描かれ方がすごく良かったんだよね。

Twitterにも書いた、ギルの総括が全てだ。

「誰もがいつかは死ぬ」という運命(fate)。それを「悲しい」と思ったゲーティアが、人理焼却の土壇場、最後の最後に救いたいと願った少女がマシュだ。余命幾ばくもない、誰かの都合で作り出されていいように利用され、そして何一つ文句も言わずに死んでいく存在。それでいいのか! そんなんでいいのか! というゲーティアの憤りはよく理解できる。この当たり前のことを「悲しい」と思う気持ち、救いたいと思う気持ち。それこそが「人類悪」の根幹だ。

だけど、マシュは呆れるくらいに爽やかに「それでいいんです」と頷くんだよな。

正しいことをするんだ、と。
あの日見た美しいものを守るために生きるんだ、と。

結局僕らは、自分以外の誰かのために生きたいのかもしれない。皆否定するかもしれないけど、自分のためだけに生きられるほど、人って強くないんだよな。マシュの一枚絵を見ながら、そんなことを思ったりもした。

 

さて、新宿を始めてもいいんだけど、その前にレベルマぐらいはしたいんだけどなぁ。種火半減はよ。

「効率悪い奴は死ぬよ。でもそれが時代の流れだからしょうがないよね」

これな。

mirai.doda.jp

これ、「すげー厳しいこと言われてるな」って思うんだけど、そう感じるのって俺だけじゃないよね?

今まで長時間労働を前提としたルールの中でハイパフォーマーとしてガンガン働いてきた人は、もしかしたら「時間当たりの生産性」で評価される時代には淘汰されていってしまうかもしれません。そうなる前に、時間は無限にあると思わず優先順位をつける働き方に変わっていくほうが、個人としても会社としても社会としても「マシ」なんじゃないか、そう考えています。

これとかね。

簡単に「優先順位をつける」って言ってるけど、これだって「スキル」なんだよね。要するに「出来ない人は出来ない」ことなんだよ。

会社にも学校にも「この人、要領悪いなぁ」という人はいると思うけど、そういう人は好きで「要領悪く」してるわけじゃない。作業の全体像を把握して、必要な作業、不要な作業を取捨選択して、必要な作業を出来る限り効率化して…そういう考え方が「出来ない」人なんだ。「そういう考え方が出来る」ってこと自体が一つのスキルであり、能力なんだよ。どんだけ教えられても出来ない人には出来ない。 出来る人にはそれがわからんのですよ!

そういう人は今までどうしてきたかというと、徹底的に時間を投入してきた。「効率」という面では低い自分の能力を、時間を費やすことでどうにかこうにか補うことが出来たわけだ。

だけどこれからは、そういう人は「淘汰されてしまう」わけなんだよね。これって結構キツイ死刑宣告だと思いますよ。

50mを6秒で走れる山田君と、9秒かかる佐藤君がいる。これまでのやり方では、佐藤君は山田君に比べて3秒の追加の時間をかけて補うことが出来た。だけど、これからは会社から「あ、今度から法律で50m走に7秒しかかけちゃいけないことになったんで、7秒以上かかる人は雇えないです」と言われてしまうわけです。9秒でしか走れない佐藤君は頑張って頑張って7秒で走れるようにならないと雇ってもらえない。それでも出来なかった時はもうあきらめるしかない。

結局、「効率悪い奴は死ぬよ。でもそれが時代の流れだからしょうがないよね」って言われてるんだよ俺たちは。自分が「出来る方」だっていう自信がある人はどれだけいる? 俺にはないよ、正直言って。

もちろん悪いことばかりじゃなくて、短時間で高い成果を出せる人の価値は、相対的にはもの凄く高まる。今までみたいに低能が長時間働くことで帳尻合わせることが出来なくなるわけだから。優秀な人は今まで以上に引く手あまたになるでしょうね。給与格差も今まで以上に広がることが予想されます。

まぁ、長時間労働の規制も大事だけど、個人的には労働市場流動性を高めて、従業員が(電通みたいな一流企業でも)会社から逃げやすくしてもらう政策を先行してもらった方が、労働者にとっても会社にとってもハッピーなんじゃないかなーとは思う。せっかく労働時間の上限が規制されても、会社が「そうは言ってもこいつらどうせウチから逃げられねえし」と思ったら、サビ残が横行するだけだと思うしね。 電通さんの件だって、問題の根本はそういうことだと俺は思うんですよ。

しかしどちらにしても、会社と従業員の関係はどんどんドライに、ビジネスライクになっていくのが今の時代の流れ。「会社は家族じゃねえんだよ!」と怒られるのが今の流れだ。「ちょっと無理な作業量でも従業員は頑張ってくれる!」というのが会社側の甘えだとすれば、「ちょっとダラダラ仕事しても会社は面倒見てくれるし残業代も稼げるよ」というのも従業員側の甘えで、そういう「甘え」は双方ともにこれからどんどん是正されていくんだと思う。会社側もよくよく考える必要があるし、従業員側も「会社に寄りかからない」という覚悟が必要になる。従業員側にとって一方的に「いい話」ってわけじゃないよな、と俺みたいな無能労働者は思うのでした。まる。

鷲巣麻雀とはいったいなんだったのか

アカギがついに終わるらしい。そんなニュースを見て、先日ひさしぶりに「鷲巣麻雀」編以降を読み直してきた。

 

アカギ:「カイジ」作者の人気マージャンマンガ 27年の歴史に終止符へ - 毎日新聞

 

近代麻雀」という麻雀漫画雑誌に連載しながら、鷲巣が地獄で無双するという麻雀一切関係ない展開を結構な期間続けるなど無駄にチャレンジャブルというか、ネタに事欠かない漫画、みたいな印象の漫画になってしまった感は否めないけど、描かれていることは一貫して「人はいかに生き、いかに死ぬべきか」なんだよね。「天」の赤木葬式編とか、カイジだと「橋」とか。福本先生はこのテーマについて語るのが本当に好きなんだなぁ。

死の恐怖について、カイジの「橋」では「人が普段目を逸らし、必死に閉じ込めている怪物」と表現されていた。「橋」を渡ろうとする若者たちの上を旋回し、心の弱った者から取り殺していく死神。それが「死」だ。

鷲巣麻雀中盤、勝負が決したかに見えた時、赤木は鷲巣を「異常なまでの『生きたがり』。「死」から一歩でも遠ざかるため、不要に不当に金の城を築き続けてきた、そして基本的にはただそれだけの男」と評価しているが、そういう鷲巣の性質を知ると、そもそも鷲巣がなぜ「鷲巣麻雀」を始めたのかが見えてくる。

神に愛されて勝ち続けてきた鷲巣も老いには勝てない。「一歩でも『死』から逃れるために」勝ち続けてきたからこそ、「死」が恐ろしすぎて必死に目を逸らし続けてきた鷲巣だからこそ、どうやって自分の「死」を受け入れればいいのかわからなかった。だから、若者の血を吸い取り干からびさせ、強制的に「老い」させる。

強制的に「老い」させられ、目の前の「死」に怯える若者を見て、鷲巣はこう思うわけだ。ほらみろ、やっぱり「死」は恐ろしいじゃないか――

だから、「死」を恐れないアカギと対峙して鷲巣は戸惑う。なぜこいつは「死」を恐れないんだ。なぜ、という問いにはやはり鷲巣の「恐れ」が透けて見える。「なぜ恐れない?」は「俺にとって『死』はこんなにも恐ろしいのに」の裏返しだ。

アカギという人間が死と堂々と対峙する様子を見て、鷲巣はやがて自分は「死」とどう向き合うべきなのかを学んでいく。「いつか自分が死ぬ時には、アカギのように笑ってそれを受け入れよう。それこそが本当の意味での自由ということだ」なんて、まさにそれだ。

「死への恐怖」という怪物とどう対峙するか。鷲巣麻雀が始まって以降の「アカギ」は、突き詰めるとそういうことだ。

それって「天」のラスト3巻や「橋」でやったことと同じじゃね?と言われれば、実も蓋もなく言っちゃうとそうなんだよね、ということになる。

はっきり言って、あまりにダラダラした展開が続いた時はさすがどうかと思ったけど、それでも読み続けるに値する漫画と思い続けられたのは、やっぱり鷲巣というキャラクターのおかげなんだと思う。

「死への恐れ」を克服できない鷲巣は、読者自身、あるいは作者の姿でもある。鷲巣という人物をどう完結させるか、また、それをアカギがどう受け止めるか。その辺りを思い返しながら、あと1年楽しみたい。

Fate/GO 第六特異点終わったので雑な感想

AP半額が今日までということで、昨夜は必死こいて第六特異点を進めてた。ぶっちゃけ何回か令呪(+石)を使ってしまったけど、まぁしゃーない。多分、全体的に育て方が足らないんだけど、そのために種火周回どんだけしなきゃいけないんだよ、と考えたらまぁここで使っちゃった方がいいかなーって。ちなみにコンテ使ったのは魔神柱2回目、オジマンディアス、ロンゴミニアド2回目の計3回。モードレット2回目は4回くらい撤退したけど石は使わなかったぜ!(うーむ)

もうちょっとスキルを上手く使えば低レベルでもクリアできるんだろうけど、とりあえずバスターでぶん殴る(主に金時が)戦法を選択している我がカルデアでは、もう少しレベルが高くないとつらいんだろうなぁという気が。あと、やっぱり各クラス一人ずつくらいは強力な単体宝具持ちがいないとつらい。全体宝具だとどうしても火力不足になっちゃうので。フレ鯖ももちろん借りた。モードレットではオリオンが、ロンゴミニアドではアルテラが、それぞれ大活躍。ガウェインではもちろん大正義エウリュアレ。ゲスト鯖も使いたいけど、とてもそんな余裕はなかった。




以下ネタバレ。




第六特異点は間違いなくベディヴィエールの物語だ。FGO第六章の感想・考察 - Togetterまとめでも指摘する人が多かったけど、確かにベディヴィエールと士郎(特にHF)は共通点が多い気がする。共に、譲れない理想と守りたい物が両立せず、どちらかを選ばなければいけない状況に追い込まれる点とか。

「正義の味方」を目指す士郎が自分の正義に従うなら、「この世全ての悪」と同化して災厄と成り果てた桜は切り捨てなければならない。しかし、「最も大切な人」である桜をどうしても殺すことが出来ず、「理想」と「願望」の矛盾に苛まれる。

「王への忠義」を第一として生きてきたベディヴィエールは「湖の乙女に聖剣を返せ」という王の命令を果たすことが出来なかった。聖剣を返せば王は死ぬ。王の命を永らえさせるということは「王への忠義に背く」ということだ。その矛盾を抱えたままベディヴィエールは1,500年も彷徨い続け、挙句の果てに王をロンゴミニアドという「怪物」にさせてしまった。

そんなベディヴィエールを、「正しいことをするんだよ!!」とマシュはぶん殴る。「いつだって正しいもののために闘うんだ」と。

今ならわかります。英霊ギャラハッドが認めたのはわたしだけではないのです。

彼はわたしと先輩を――そういうことができる人間の善性を信じてくれた。

わたしは助けられたのではなく、委ねられた。そういうもののために生きなさい、と。

……だから、怖くても戦うのです。わたしはわたしが見た、あの美しいものの為に――

自分が正しいと思うことのために戦う。マシュだけではなく、ハサンも、オジマンディアスも、円卓の騎士たちも、ロンゴミニアドも、そうしてきた。だから、ロンゴミニアドは負けは認めても謝罪はしない。

……カルデアのマスターよ。この度の戦い、私から謝罪はない。

私は私の行いを今でも正しいと考える。人を護る手段、正義は個人によって異なるからだ。

だから――そなたは、そなたが善いと感じた道を行くがいい。

「正義」と「正義」、そして「悪」についてはFateを貫くテーマだと思ってるので、大満足の第6特異点だった。完全にソシャゲのボリュームじゃないけど、こういうのもアリだと判断されていることは素直に嬉しい。もっと凝ったものが出てくると面白いけど、あんまりアプリが重くなるのもつらいんだよなぁ…

カクヨムに投稿してみました

といっても過去に書いた作品だけど。以前はてなでやっていたブログで公開していたもので、まだバックアップをしてあったものに限り。なくなってしまったものもあって、ちょっともったいない。

今後、また何か書いたらカクヨムに投げとこうと思います。

以下、カクヨムのリンク。

https://kakuyomu.jp/users/arata2515/works

「君の膵臓を食べたい」について、あまりまとまってない感想

この前、出張の帰りに「君の膵臓を食べたい」を読んだ。正直大した感想はない。内容も新味には欠けるけど、どこか往年の泣き系エロゲを読んだような気分で、個人的にはすごく懐かしくなった。別に「似てる」とか言いたいわけじゃないけど、「加奈」とか「kanon」の真琴とか。真琴はちょっと違うかな。文体は「戯言」初期の西尾維新さんとかぽい気がする。不謹慎ネタとか。

こういう「泣けます!!!」的に宣伝された作品って、読んでも泣けなかった時、もれなく低評価になっちゃうから難しいよなぁ。正直俺は泣けなかったんだけど、つまらなかったとも思わなかった。しかし、この作品自体は間違いなく「読者を泣かせる」ために書かれてるので、「泣かせられなかったら負け」になっちゃうのはしょうがないのかな、という気もする。レビューに低評価が並んでしまうのも理解できる。

「余命一年の人間がこんなに元気なわけないだろ」ごもっとも。まぁ、このストーリー展開なら無理無理病気関係でリアリティ出さなくてもよかった気もする。ファンタジックな理由づけにして、読者のリアリティラインのハードルを思い切り下げてしまってもよかったのかも。しかし、現代劇の範疇に収めたいなら難しいし、何より「膵臓を食べたい」の決め台詞を入れ込むのが難しくなってしまう。それありき、みたいなとこあるし。

主人公の名前を隠すやり方もうまく働いてなかった。「相手が自分との関係性をどう位置付けているかを想像することで、『自分』として誰かと関わることを拒否する」という主人公のキャラクター性(と最後の成長)を表現したいのはわかるんだけど、この書き方だと正直「名前に目立った仕掛けがなかったガッカリ感」の方が勝っちゃってる。

主人公とヒロインはともかく、脇役の二人(ヒロインの元彼と親友)のテンプレ感もちょっとどうかとは思った。ここまで掘り下げる気がない書き方されるくらいならいっそ出さない方が良かったんじゃ、とか思ってしまうレベル。率直に言うと、二人とも何に対して怒ってんのかよくわかんない、ただの頭おかしい奴になっちゃってる。怒るなら怒るだけの理由づけの描写を書き込んでほしい。

彼女の母親の前で泣くシーンもキツい。ていうか、そこら辺あたりから改行大目になるシーンが続くのがキツい。一つの小説の中で多用されるとしんどい手法だと思う。

とまぁ文句を言い出したらキリがないんだけど、ヒロインが「主人公と一緒にいたい」と思った理由づけは良かったなぁと思う。

あっけらかんと死を受け入れているように振舞うヒロインが、主人公と一緒にいたいと思ったのは「自分の死を直視したくない」から。自分が一年後に死ぬことを知ってる身内と一緒にいると、否応なく自分が死ぬことを思い知らされてしまう。受け入れなくてはならなくなってしまう。そこからの逃避として、親しくもなく、誰にも興味を持たないようにしている中二病を患う主人公を「利用」していたわけなんですね。こういうキャラ造形は人間らしくていいなと思いました。それに唯々諾々と付き合う主人公がエロゲ主人公過ぎてどうなの、というのはありますが…

そういう「人間らしさ」に共感を覚えていた身としては、「君のように自己完結できる人間になりたかった」という遺書は正直よくわかんなかったりする。まぁいいか…

とまぁ散々文句言ってますが、全体的には面白かったし好感が持てる作品でした。やっぱり俺はエロゲ好きなんだな…

 

 

 

君の膵臓をたべたい

君の膵臓をたべたい

 

 

 

夢に引っ張られて自分を見失いそうになった初夢

わが家はいちおう喪中なので、今年は初詣には行っていない。

とはいうものの、Google先生に「喪中 初詣」とおうかがいをたててみると、どうやら行ってはいけないわけでもない(いちおう四十九日は過ぎてる)らしいので、単に人ごみの中に飛び込んでいきたくないだけなのかもしれない。

かわりにと言ってはなんだが、夢を見た。

どんな夢かというと、自分が今の記憶や経験を持ったまま高校時代に戻るという、よくある俺TUEEE系の話だ。

夢の中の俺は長年の社会人生活その他で培った対人スキルを駆使して教室の中で上手く立ち回り、それなりのポジションを確保したある時、ふと気づいてしまうのだ。これ、もしかして夢なんじゃね?と。

普通ならそこで今の自分が立ち戻ってくるものなのだが、その時は違った。なぜか俺は「ああ、俺は死ぬんだ。これは俺が死ぬ前に見る最後の夢なんだ」と思い込んでしまった。

なぜそんなことを思ってしまったかはわからない。年末ごろ、ふと頭が痛くなって(恋ではない)、「もしかしたら俺は脳梗塞とかでもうすぐ死ぬのかもしれない。年明けは迎えられないかもしれない」と無意味な絶望を感じてしまったことが関係あるのかもしれない。

夢の中の時間感覚がどうなってるのかわからないが、その後もすごく長い高校生活を過ごしたような気がするが、夢と気付いたその瞬間から、夢の世界のリアリティーは徐々に瓦解していった。そんな曖昧な世界の中を泳ぎ切り、なんとか卒業を迎えたその時夢が覚めた。

夢から覚めたその瞬間、夢の中の自分と今の自分がうまくつながらず、いつもの寝室がやけに他人事のように感じてしまっていた。断片的な記憶をたどたどしく結線していくと、ようやく自分が何者かを取り戻すことが出来た。

夢に引っ張られて自分を見失いそうになる体験は、実はこれが初めてではないけど、夢の中で「自分はもう死ぬんだ」と思い込んだことは今までになかった。

今の自分の意識は死ぬ前に見ている夢のようなもの、というのは妄想のネタとしてよくある話だ。死ぬ前に見る夢は、もう既になくなってしまっている親しい人を見るものらしい*1が、なくなった母親はこの夢には出てこなかった。俺はまだまだ生きられるのかもしれない。零細はてなアカウントとしての死の可能性はかなり高いけど、死なないように細々と頑張りたい。

トピック「初夢」について