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名前のない日記

俺の俺による俺のための憑き物落としをしています。

「効率悪い奴は死ぬよ。でもそれが時代の流れだからしょうがないよね」

これな。

mirai.doda.jp

これ、「すげー厳しいこと言われてるな」って思うんだけど、そう感じるのって俺だけじゃないよね?

今まで長時間労働を前提としたルールの中でハイパフォーマーとしてガンガン働いてきた人は、もしかしたら「時間当たりの生産性」で評価される時代には淘汰されていってしまうかもしれません。そうなる前に、時間は無限にあると思わず優先順位をつける働き方に変わっていくほうが、個人としても会社としても社会としても「マシ」なんじゃないか、そう考えています。

これとかね。

簡単に「優先順位をつける」って言ってるけど、これだって「スキル」なんだよね。要するに「出来ない人は出来ない」ことなんだよ。

会社にも学校にも「この人、要領悪いなぁ」という人はいると思うけど、そういう人は好きで「要領悪く」してるわけじゃない。作業の全体像を把握して、必要な作業、不要な作業を取捨選択して、必要な作業を出来る限り効率化して…そういう考え方が「出来ない」人なんだ。「そういう考え方が出来る」ってこと自体が一つのスキルであり、能力なんだよ。どんだけ教えられても出来ない人には出来ない。 出来る人にはそれがわからんのですよ!

そういう人は今までどうしてきたかというと、徹底的に時間を投入してきた。「効率」という面では低い自分の能力を、時間を費やすことでどうにかこうにか補うことが出来たわけだ。

だけどこれからは、そういう人は「淘汰されてしまう」わけなんだよね。これって結構キツイ死刑宣告だと思いますよ。

50mを6秒で走れる山田君と、9秒かかる佐藤君がいる。これまでのやり方では、佐藤君は山田君に比べて3秒の追加の時間をかけて補うことが出来た。だけど、これからは会社から「あ、今度から法律で50m走に7秒しかかけちゃいけないことになったんで、7秒以上かかる人は雇えないです」と言われてしまうわけです。9秒でしか走れない佐藤君は頑張って頑張って7秒で走れるようにならないと雇ってもらえない。それでも出来なかった時はもうあきらめるしかない。

結局、「効率悪い奴は死ぬよ。でもそれが時代の流れだからしょうがないよね」って言われてるんだよ俺たちは。自分が「出来る方」だっていう自信がある人はどれだけいる? 俺にはないよ、正直言って。

もちろん悪いことばかりじゃなくて、短時間で高い成果を出せる人の価値は、相対的にはもの凄く高まる。今までみたいに低能が長時間働くことで帳尻合わせることが出来なくなるわけだから。優秀な人は今まで以上に引く手あまたになるでしょうね。給与格差も今まで以上に広がることが予想されます。

まぁ、長時間労働の規制も大事だけど、個人的には労働市場流動性を高めて、従業員が(電通みたいな一流企業でも)会社から逃げやすくしてもらう政策を先行してもらった方が、労働者にとっても会社にとってもハッピーなんじゃないかなーとは思う。せっかく労働時間の上限が規制されても、会社が「そうは言ってもこいつらどうせウチから逃げられねえし」と思ったら、サビ残が横行するだけだと思うしね。 電通さんの件だって、問題の根本はそういうことだと俺は思うんですよ。

しかしどちらにしても、会社と従業員の関係はどんどんドライに、ビジネスライクになっていくのが今の時代の流れ。「会社は家族じゃねえんだよ!」と怒られるのが今の流れだ。「ちょっと無理な作業量でも従業員は頑張ってくれる!」というのが会社側の甘えだとすれば、「ちょっとダラダラ仕事しても会社は面倒見てくれるし残業代も稼げるよ」というのも従業員側の甘えで、そういう「甘え」は双方ともにこれからどんどん是正されていくんだと思う。会社側もよくよく考える必要があるし、従業員側も「会社に寄りかからない」という覚悟が必要になる。従業員側にとって一方的に「いい話」ってわけじゃないよな、と俺みたいな無能労働者は思うのでした。まる。

鷲巣麻雀とはいったいなんだったのか

アカギがついに終わるらしい。そんなニュースを見て、先日ひさしぶりに「鷲巣麻雀」編以降を読み直してきた。

 

アカギ:「カイジ」作者の人気マージャンマンガ 27年の歴史に終止符へ - 毎日新聞

 

近代麻雀」という麻雀漫画雑誌に連載しながら、鷲巣が地獄で無双するという麻雀一切関係ない展開を結構な期間続けるなど無駄にチャレンジャブルというか、ネタに事欠かない漫画、みたいな印象の漫画になってしまった感は否めないけど、描かれていることは一貫して「人はいかに生き、いかに死ぬべきか」なんだよね。「天」の赤木葬式編とか、カイジだと「橋」とか。福本先生はこのテーマについて語るのが本当に好きなんだなぁ。

死の恐怖について、カイジの「橋」では「人が普段目を逸らし、必死に閉じ込めている怪物」と表現されていた。「橋」を渡ろうとする若者たちの上を旋回し、心の弱った者から取り殺していく死神。それが「死」だ。

鷲巣麻雀中盤、勝負が決したかに見えた時、赤木は鷲巣を「異常なまでの『生きたがり』。「死」から一歩でも遠ざかるため、不要に不当に金の城を築き続けてきた、そして基本的にはただそれだけの男」と評価しているが、そういう鷲巣の性質を知ると、そもそも鷲巣がなぜ「鷲巣麻雀」を始めたのかが見えてくる。

神に愛されて勝ち続けてきた鷲巣も老いには勝てない。「一歩でも『死』から逃れるために」勝ち続けてきたからこそ、「死」が恐ろしすぎて必死に目を逸らし続けてきた鷲巣だからこそ、どうやって自分の「死」を受け入れればいいのかわからなかった。だから、若者の血を吸い取り干からびさせ、強制的に「老い」させる。

強制的に「老い」させられ、目の前の「死」に怯える若者を見て、鷲巣はこう思うわけだ。ほらみろ、やっぱり「死」は恐ろしいじゃないか――

だから、「死」を恐れないアカギと対峙して鷲巣は戸惑う。なぜこいつは「死」を恐れないんだ。なぜ、という問いにはやはり鷲巣の「恐れ」が透けて見える。「なぜ恐れない?」は「俺にとって『死』はこんなにも恐ろしいのに」の裏返しだ。

アカギという人間が死と堂々と対峙する様子を見て、鷲巣はやがて自分は「死」とどう向き合うべきなのかを学んでいく。「いつか自分が死ぬ時には、アカギのように笑ってそれを受け入れよう。それこそが本当の意味での自由ということだ」なんて、まさにそれだ。

「死への恐怖」という怪物とどう対峙するか。鷲巣麻雀が始まって以降の「アカギ」は、突き詰めるとそういうことだ。

それって「天」のラスト3巻や「橋」でやったことと同じじゃね?と言われれば、実も蓋もなく言っちゃうとそうなんだよね、ということになる。

はっきり言って、あまりにダラダラした展開が続いた時はさすがどうかと思ったけど、それでも読み続けるに値する漫画と思い続けられたのは、やっぱり鷲巣というキャラクターのおかげなんだと思う。

「死への恐れ」を克服できない鷲巣は、読者自身、あるいは作者の姿でもある。鷲巣という人物をどう完結させるか、また、それをアカギがどう受け止めるか。その辺りを思い返しながら、あと1年楽しみたい。

Fate/GO 第六特異点終わったので雑な感想

AP半額が今日までということで、昨夜は必死こいて第六特異点を進めてた。ぶっちゃけ何回か令呪(+石)を使ってしまったけど、まぁしゃーない。多分、全体的に育て方が足らないんだけど、そのために種火周回どんだけしなきゃいけないんだよ、と考えたらまぁここで使っちゃった方がいいかなーって。ちなみにコンテ使ったのは魔神柱2回目、オジマンディアス、ロンゴミニアド2回目の計3回。モードレット2回目は4回くらい撤退したけど石は使わなかったぜ!(うーむ)

もうちょっとスキルを上手く使えば低レベルでもクリアできるんだろうけど、とりあえずバスターでぶん殴る(主に金時が)戦法を選択している我がカルデアでは、もう少しレベルが高くないとつらいんだろうなぁという気が。あと、やっぱり各クラス一人ずつくらいは強力な単体宝具持ちがいないとつらい。全体宝具だとどうしても火力不足になっちゃうので。フレ鯖ももちろん借りた。モードレットではオリオンが、ロンゴミニアドではアルテラが、それぞれ大活躍。ガウェインではもちろん大正義エウリュアレ。ゲスト鯖も使いたいけど、とてもそんな余裕はなかった。




以下ネタバレ。




第六特異点は間違いなくベディヴィエールの物語だ。FGO第六章の感想・考察 - Togetterまとめでも指摘する人が多かったけど、確かにベディヴィエールと士郎(特にHF)は共通点が多い気がする。共に、譲れない理想と守りたい物が両立せず、どちらかを選ばなければいけない状況に追い込まれる点とか。

「正義の味方」を目指す士郎が自分の正義に従うなら、「この世全ての悪」と同化して災厄と成り果てた桜は切り捨てなければならない。しかし、「最も大切な人」である桜をどうしても殺すことが出来ず、「理想」と「願望」の矛盾に苛まれる。

「王への忠義」を第一として生きてきたベディヴィエールは「湖の乙女に聖剣を返せ」という王の命令を果たすことが出来なかった。聖剣を返せば王は死ぬ。王の命を永らえさせるということは「王への忠義に背く」ということだ。その矛盾を抱えたままベディヴィエールは1,500年も彷徨い続け、挙句の果てに王をロンゴミニアドという「怪物」にさせてしまった。

そんなベディヴィエールを、「正しいことをするんだよ!!」とマシュはぶん殴る。「いつだって正しいもののために闘うんだ」と。

今ならわかります。英霊ギャラハッドが認めたのはわたしだけではないのです。

彼はわたしと先輩を――そういうことができる人間の善性を信じてくれた。

わたしは助けられたのではなく、委ねられた。そういうもののために生きなさい、と。

……だから、怖くても戦うのです。わたしはわたしが見た、あの美しいものの為に――

自分が正しいと思うことのために戦う。マシュだけではなく、ハサンも、オジマンディアスも、円卓の騎士たちも、ロンゴミニアドも、そうしてきた。だから、ロンゴミニアドは負けは認めても謝罪はしない。

……カルデアのマスターよ。この度の戦い、私から謝罪はない。

私は私の行いを今でも正しいと考える。人を護る手段、正義は個人によって異なるからだ。

だから――そなたは、そなたが善いと感じた道を行くがいい。

「正義」と「正義」、そして「悪」についてはFateを貫くテーマだと思ってるので、大満足の第6特異点だった。完全にソシャゲのボリュームじゃないけど、こういうのもアリだと判断されていることは素直に嬉しい。もっと凝ったものが出てくると面白いけど、あんまりアプリが重くなるのもつらいんだよなぁ…

カクヨムに投稿してみました

といっても過去に書いた作品だけど。以前はてなでやっていたブログで公開していたもので、まだバックアップをしてあったものに限り。なくなってしまったものもあって、ちょっともったいない。

今後、また何か書いたらカクヨムに投げとこうと思います。

以下、カクヨムのリンク。

https://kakuyomu.jp/users/arata2515/works

「君の膵臓を食べたい」について、あまりまとまってない感想

この前、出張の帰りに「君の膵臓を食べたい」を読んだ。正直大した感想はない。内容も新味には欠けるけど、どこか往年の泣き系エロゲを読んだような気分で、個人的にはすごく懐かしくなった。別に「似てる」とか言いたいわけじゃないけど、「加奈」とか「kanon」の真琴とか。真琴はちょっと違うかな。文体は「戯言」初期の西尾維新さんとかぽい気がする。不謹慎ネタとか。

こういう「泣けます!!!」的に宣伝された作品って、読んでも泣けなかった時、もれなく低評価になっちゃうから難しいよなぁ。正直俺は泣けなかったんだけど、つまらなかったとも思わなかった。しかし、この作品自体は間違いなく「読者を泣かせる」ために書かれてるので、「泣かせられなかったら負け」になっちゃうのはしょうがないのかな、という気もする。レビューに低評価が並んでしまうのも理解できる。

「余命一年の人間がこんなに元気なわけないだろ」ごもっとも。まぁ、このストーリー展開なら無理無理病気関係でリアリティ出さなくてもよかった気もする。ファンタジックな理由づけにして、読者のリアリティラインのハードルを思い切り下げてしまってもよかったのかも。しかし、現代劇の範疇に収めたいなら難しいし、何より「膵臓を食べたい」の決め台詞を入れ込むのが難しくなってしまう。それありき、みたいなとこあるし。

主人公の名前を隠すやり方もうまく働いてなかった。「相手が自分との関係性をどう位置付けているかを想像することで、『自分』として誰かと関わることを拒否する」という主人公のキャラクター性(と最後の成長)を表現したいのはわかるんだけど、この書き方だと正直「名前に目立った仕掛けがなかったガッカリ感」の方が勝っちゃってる。

主人公とヒロインはともかく、脇役の二人(ヒロインの元彼と親友)のテンプレ感もちょっとどうかとは思った。ここまで掘り下げる気がない書き方されるくらいならいっそ出さない方が良かったんじゃ、とか思ってしまうレベル。率直に言うと、二人とも何に対して怒ってんのかよくわかんない、ただの頭おかしい奴になっちゃってる。怒るなら怒るだけの理由づけの描写を書き込んでほしい。

彼女の母親の前で泣くシーンもキツい。ていうか、そこら辺あたりから改行大目になるシーンが続くのがキツい。一つの小説の中で多用されるとしんどい手法だと思う。

とまぁ文句を言い出したらキリがないんだけど、ヒロインが「主人公と一緒にいたい」と思った理由づけは良かったなぁと思う。

あっけらかんと死を受け入れているように振舞うヒロインが、主人公と一緒にいたいと思ったのは「自分の死を直視したくない」から。自分が一年後に死ぬことを知ってる身内と一緒にいると、否応なく自分が死ぬことを思い知らされてしまう。受け入れなくてはならなくなってしまう。そこからの逃避として、親しくもなく、誰にも興味を持たないようにしている中二病を患う主人公を「利用」していたわけなんですね。こういうキャラ造形は人間らしくていいなと思いました。それに唯々諾々と付き合う主人公がエロゲ主人公過ぎてどうなの、というのはありますが…

そういう「人間らしさ」に共感を覚えていた身としては、「君のように自己完結できる人間になりたかった」という遺書は正直よくわかんなかったりする。まぁいいか…

とまぁ散々文句言ってますが、全体的には面白かったし好感が持てる作品でした。やっぱり俺はエロゲ好きなんだな…

 

 

 

君の膵臓をたべたい

君の膵臓をたべたい

 

 

 

夢に引っ張られて自分を見失いそうになった初夢

わが家はいちおう喪中なので、今年は初詣には行っていない。

とはいうものの、Google先生に「喪中 初詣」とおうかがいをたててみると、どうやら行ってはいけないわけでもない(いちおう四十九日は過ぎてる)らしいので、単に人ごみの中に飛び込んでいきたくないだけなのかもしれない。

かわりにと言ってはなんだが、夢を見た。

どんな夢かというと、自分が今の記憶や経験を持ったまま高校時代に戻るという、よくある俺TUEEE系の話だ。

夢の中の俺は長年の社会人生活その他で培った対人スキルを駆使して教室の中で上手く立ち回り、それなりのポジションを確保したある時、ふと気づいてしまうのだ。これ、もしかして夢なんじゃね?と。

普通ならそこで今の自分が立ち戻ってくるものなのだが、その時は違った。なぜか俺は「ああ、俺は死ぬんだ。これは俺が死ぬ前に見る最後の夢なんだ」と思い込んでしまった。

なぜそんなことを思ってしまったかはわからない。年末ごろ、ふと頭が痛くなって(恋ではない)、「もしかしたら俺は脳梗塞とかでもうすぐ死ぬのかもしれない。年明けは迎えられないかもしれない」と無意味な絶望を感じてしまったことが関係あるのかもしれない。

夢の中の時間感覚がどうなってるのかわからないが、その後もすごく長い高校生活を過ごしたような気がするが、夢と気付いたその瞬間から、夢の世界のリアリティーは徐々に瓦解していった。そんな曖昧な世界の中を泳ぎ切り、なんとか卒業を迎えたその時夢が覚めた。

夢から覚めたその瞬間、夢の中の自分と今の自分がうまくつながらず、いつもの寝室がやけに他人事のように感じてしまっていた。断片的な記憶をたどたどしく結線していくと、ようやく自分が何者かを取り戻すことが出来た。

夢に引っ張られて自分を見失いそうになる体験は、実はこれが初めてではないけど、夢の中で「自分はもう死ぬんだ」と思い込んだことは今までになかった。

今の自分の意識は死ぬ前に見ている夢のようなもの、というのは妄想のネタとしてよくある話だ。死ぬ前に見る夢は、もう既になくなってしまっている親しい人を見るものらしい*1が、なくなった母親はこの夢には出てこなかった。俺はまだまだ生きられるのかもしれない。零細はてなアカウントとしての死の可能性はかなり高いけど、死なないように細々と頑張りたい。

トピック「初夢」について

2016年に出会えて良かったもの

トピック「2016年ベスト」について。

ジャンルに限ってしまうとあんまり思いつかなかったので、ノンジャンルでいくつか並べてみる。

ゲスの極み乙女。

この人たちを初めて認知したのは、実は前々回の紅白(2015年大晦日)。2016年を1年間彩ったスキャンダルと同時並行でいくつかアルバム聴いた。久々に「こいつらすげえ」と思えたバンドだった。特にキーボードが暴れまわる曲が好き。

もうあんまり音楽聴かなくなっちゃったけど、この人たちが活動休止しちゃったのは素直に惜しいな、と思います。アルバム早く発売してほしい。

こんなこと言うと怒られそうだけど、音楽を聴いてる身としては、その人の人格や普段の言動なんてあんまり意味がない。どんなに普段ふざけたことを言っていようと、ステージや楽曲で表現されるものが全てだから。

どんなにその人が人格的に優れていようと、それがステージ上や楽曲で表現できなかったら、アーティストでいる意味はない。だから、インディゴも含めて早く復帰してくれるとうれしいなと俺は素直に思っています。

真田丸

初めて大河ドラマを1年通して視聴した、稀有な経験をさせてもらった。総括は書き忘れてしまったけど。

見出した当初は、やっぱり三谷幸喜さんの「清須会議」と重ねて見てしまう所があって、「清須会議」では秀吉やってた大泉さんが信幸やってる!とか官兵衛が出浦!とかお市が寧々とか。一番笑えるのが、丹羽長秀が秀吉パターンの小日向さんだったなぁ。

敗者にスポットを当てる、というのが真田丸の特徴だと思うけど、そういうドラマってえてして負ける側を過剰に美化しがち。その点真田丸は負ける側が「負けるべくしてこの人たちは負けたんだ」というところをぼかさずに描いたところが好印象だった。特にラスト10話はその傾向が残酷なほど顕著だった。

歴史をちょっと知ってる人なら大坂方が負けることなんて知っている。あらゆる描写で「この人たちはこうした負けたのだ」と表現される。おそらく「自分たちは負ける」ということを最も自覚していたのは信繁だっただろう。

では、負けた側の戦いに意味はなかったのか。負けることがわかっていながらそれでも戦う信繁は人生に絶望して死んでいったのか。観た人ならわかると思うけど、そうではないんだよね。

「どうせ才能ないから」
「どうせ自分には文化資本がないから」

信繁はそういう言い訳を一切しない。負けるとわかっていても、最後まで諦めない。自分に与えられた役割を精一杯やりきる。

諦めなかったものにこそ道は開ける、と終盤の信繁は呪文のように繰り返していた。

彼にとって「道」とは、「生きていくための意味」みたいなものだったと思うんですよね。敗者の人生に意味なんてない? そんなわけねぇーだろ!という、全ての人に向けられたエールだったと俺には思えた。

ポケモンGO

ながら運転絡みで色々と世間を騒がせたポケモンGO。俺というよりも奥さんの方がハマってた。ちょっと飽きてきたけど、とりあえず今でもちょこちょこやってる。

魔法少女まどか☆マギカ

今さらシリーズ。一応「叛逆の物語」まで見た。テレビシリーズの感想は以前書いた通り。


今さら「魔法少女まどか☆マギカ」を見てモヤモヤしている。 - 名前のない日記

「叛逆の物語」についての感想は自分の中での賞味期限が切れてしまった感があるが、概ね満足とだけ。

さよならポエジー

昨年秋ごろにライブを見て、それ以来ずっとyou tubeでヘビロテしてる。たぶんそのうちCD買う。配信してないみたいだし。

書き出してみて「えーこれだけー?」というのが正直な感想。なんて薄っぺらい一年だったんだ。

今年はもう少し色々書けるようにしたい。

今さらFGO 始めた。

あけましておめでとうございます。今年は短い正月でしたね。

とりあえず俺は昨年12月26日ぐらいにインストールしたFateGOをやりまくるという大変に有意義な正月を過ごしました。折角なので現時点での感想やその他諸々を箇条書きで書き残しておこうと思います。

 

始めたきっかけなど

▽ 当方のソシャゲ歴はパワプロのみ(約1年半ほど)。
▽ これだけで何かを察してほしい。
▽ やめたきっかけは、必死に貯めた無課金石500個によるガチャ爆死。
▽ 正直、数万円課金して爆死した時よりショックが大きかったです。貯めた期間が長かっただけに。
▽ ガチャきついソシャゲはやりたくないなーと思っていたわけです。
▽ FGO知ったきっかけはこの増田(消えてたのでブコメを)。中身は読んでない。⇒はてなブックマーク - Fate/Grand Orderがすごい流行ってるけど型月厨これでよかったの?
▽ ストーリーが絶賛されるソシャゲってどないやねん!と思ったのがきっかけ。あと、軽く調べた感じだと「☆5(FGOの最高レアリティ)にこだわらなくても、ちゃんと育てればどの鯖も強くなるよ!」という雰囲気だったので。
▽ (パワプロ1年半やってガチャ出るたびに課金して引いてたけど、PSRなんて一度も引いたことありません。憤怒)
▽ そんなこんなでクリスマスが終わった26日にインスコしたわけであります。
▽ この人(中村悠一さんノッブに誘われFGOを始めるもガチャ爆死でトレンド入り→「おいトレンドに入れるのやめろ」→ブレイブルーPにも延焼 - Togetterまとめ)に影響されたわけではない。

 

プレイしてみた雑感

▽ 1週間プレイして段々わかってきたけど、クラスごとの相性とか特性が割と細かく設定されてるため、バトルは結構戦略的に考える余地があって面白い。プレイ前に鯖の陣容を考える段階で勝負は9.5割方決まっている。
▽ 強キャラ一人いてもどうにもならず、クラスごとにまんべんなく育てていくのが重要なわけだ。
▽ 良かった…もうPSRを引けない自分に絶望する必要はないんだ…!
▽ なんて思ってたら適当に引いたピックアップでマーリン引いた。てへぺろ
▽ 一応その後福袋ガチャではセイバーを選び、めでたく青王を引いたわけだが、各所で青王の評価が低くてビビっている。まぁストーリーもまだ2章の途中で、超強力な単体ボスに遭ってないから、全体を一発で吹っ飛ばす宝具にはいつもお世話になっております。

 

ストーリーについて

▽ てなわけでまだ第2章の途中なんで、あまりコメントすることがない。
ジャンヌ・ダルクを中心に展開した1章はなんていうかあれだ、そう、迷いを振り払ったセイバー(アルトリア)が、オルタをやっつける、みたいな感じだった。
▽ ジャンヌオルタの言い分の方に共感する人の方が多いような気もする。自分を殺した国のために死んでなお戦うとか意味不明、なんて言われても全然不思議じゃない。まぁそういう「献身」や「武士道」みたいな精神的価値を真正面から肯定しようと試みたのがFate/SNという物語なんだが。特にアンリミテッドブレイドワークス。
▽ また、アマデウスとマシュの問答にはヘブンズフィールを感じた。愛するのは「美しいから」「醜いから」ではなく、掲げるのは「正しいから」「間違っているから」ではない。
Fateだなぁと思うと同時に、10年以上経ってもまだここにいるのかという思いもある。
▽ まぁまだ1章だからね。まだまだこれからこれから。

 

現状

▽ 消費量半減期間中なのもあって、せっせと種火周回してたらマスターレベルは52。自家鯖で一番レベルが高いのが51青王という状況。

▽ 今の鯖一覧。


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▽ ☆3鯖を中心に2回目の再臨アイテムが足らない状況が生まれてきていて、ストーリー進めるしかないかなぁと思っている。
▽ ていうか、巷は第一部完に盛り上がっているのに、それに乗れないのはさみしい。悔しい。なので早くストーリーを最後まで進めたい。
▽ 俺はfate/SNに心打たれた人間なので、早く俺に手放しで褒めさせてくれよ、頼むよマジで、という気持ち。

 

お気に入りの鯖など

▽ お気に入りの鯖は?と言われるとやっぱり現時点ではエミヤかなぁ…そんなに火力は高くないけど、1回再臨した後の士郎チックなグラはやっぱいいわ。大丈夫だよ遠坂。
▽ アルトリアもエミヤも第5次を経験して「答え」を得た状態なんだよなぁ。幕間の物語でその辺がほのめかされてるけど、すっかり落ち着いてしまった両名を見てると嬉しいような寂しいような。
▽ クホリン兄さんはプロトタイプしかいないけど、戦闘時のグラはプロトタイプの方が前がかりでカッコイイと思う。
▽ 術兄は、実は何も知らないままマーリンに食わせてしまった。それを食わせるなんてとんでもないと、誰かあの時の俺に教えてやってくれ。
▽ まだ持ってない鯖だと、フレでいつも借りてるスカサハがいいなぁ。

 

 

書ききれないので、こんなところで。溜まってきたらまた書く。

そんなこんなで、本年もどうぞよしなに。

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終わるからこそ、また新しく始めることも出来る。

色々あった2016年が終わろうとしている。そんな中で、今年亡くなった母が大好きだったSMAPが26日に終わった。その影響もあるのかもしれないけど、何か色々なものが終わったように感じる一年だったなぁと改めて思う。

SMAPに関しては色々と思う所はあるけど、なぜか俺は「ルパンvs複製人間」のルパンのこの台詞を思い出してしまった。

「感謝しな、マモー。やっと死ねたんだ」

マモーは自分のクローン人間を創り出し、それを何代も何代も繰り返しコピーし続けることによって自身を「永遠の存在」にしようとした怪人だ。コピーに継ぐコピーはやがて遺伝子情報を狂わせ、クローンは粗悪品しか生まなくなってしまっていた。

「永遠の若さなんて、所詮夢なのね」

不二子は言う。

その通り。永遠に続くものなんてない。変わらないものなんてない。だけど、そんなものはないと理性では知りつつもそれを求めてしまう。人間の悲しき性だ。

この映画で、ルパンと次元の有名なやり取りがある。「神」のような力を持つマモーと、たった一人で対決しようとするルパンを止めようとする次元。

「行くなルパン!」
「俺ぁ、夢、盗まれたからな。取り返しにいかにゃ」
「……夢ってのは、女のことか」
「実際クラシックだよ、お前ってやつは」

ここでいうルパンの「夢」を理解するには、二つのシーンを解説する必要がある。

まず一つ。人の深層心理を暴く機械を使って、マモーがルパンの本性を暴こうとしたシーン。ルパンの表層に浮かぶお下劣な欲望を機械が映し出し、いよいよ深層というところで突如モニターが白く点滅し始める。それを見たマモーはこう叫ぶ。

「なんということだ! ルパンは夢を見ない!」

マモーはそれを「神の意識にほかならない」という。

思い浮かべるものは全て現世で実現させるルパンは、夢を見る必要がない。夢見るものは全て叶える男、それがルパンだからだ。夢を見ないルパンにとって、盗まれるような夢などないはずだった。本来ならば。

しかし、その後マモーは確かにルパンの夢を盗むことに成功している。それがこのシーンだ。

「そういえば君の仕事を楽にするために作った君のコピーはどうした? あるいは、処刑されたのはオリジナルの方だったかもしれんぞ」
「馬鹿言うな! 俺はホンモノのルパン三世だぞ!」
「ようく考えてみるのだな。ふははははは……」

ルパンにとって「夢」とは、しいて言えば「ルパンであること」だった、と考えればおおよその説明はできる。マモーの「処刑されたのはオリジナルの方だったかも」という発言は、「自分がルパンであること」を揺るがすものだった。それをルパンは「夢を盗まれた」と表現したわけだ。

「君は死を恐れんのだな。冥土の土産に教えてやろう。処刑されたのはコピーの方だ。君は確かにオリジナルのルパンさ。安心して死ぬがいい!」

自分が自分でなくなったとしても永遠を生き続けたいマモーと、例え命を失おうとも自分自身でありたいルパン。

マモーから見れば、せっかく天が与えた才能があるのに一時の生しか生きられないルパンは不幸だが、ルパンにとっては、脳髄だけの存在に成り果ててまで生き続けたマモーは哀れでしかない。二人が対決するのは必然だった。

対決を制したルパンはマモーを時限爆弾で殺した。これはルパンにとっての介錯であり、優しさだった。

「感謝しな、マモー。やっと死ねたんだ」

 

 

全てのものには限りがある。たとえどんなに遠ざけようとも、いつかくる終わりは避けられない。アイドルは解散する。人は死ぬ。

いつまでも終わらないでほしい。そう願う瞬間も確かにあるけど、やはりすべての物は終わるからこそ美しいのかもしれない、とも思う。どろどろに腐ってしまったものに「それでも終わらないでほしい」と望むのは、生き続けるために自分自身すら見失って怪物に成り果ててしまったマモーと同じなんじゃないか。

だから俺は、色々なことを含めて「これで良かったんだ」と思うことにした。俺だっていつか死ぬんだ。それでいいじゃないか。


やっぱりSMAPは解散してよかったと思うんだ

終わるからこそ、また新しく始めることも出来る。それは確かに事実だと思う。

2016年も終わる。終わるからこそ、また新しく2017年を始めることができる。

よいお年を。

ある夜の風景

おれ「ちょっとちょっと」
奥さん「なにー」
おれ「いいから黙ってこれを読むんだ」


クリスマスに4℃のアクセサリーを貰って喜ぶ女はチョロい - トイアンナのぐだぐだ

奥さん「読んだ」
おれ「ご感想は」
奥さん「読み方って『よんどしー』でいいんだっけ」
おれ「知らん」
奥さん「❨検索中❩」
奥さん「あってた」
おれ「うむ。してご感想」
奥さん「うーん、まあこういう人もいると思うよ。わたしは好きだけど。4℃」
おれ「ディズニーもハートも大好物ですもんね」
奥さん「これは買ってくれるというフリなのか」
おれ「そうとは言ってない」
奥さん「残念だ」
奥さん「わたしの感覚だと、4℃はかなり高級かな? カワイイし、結構好きだけど手が出ないって感じ」
おれ「あー」
奥さん「だけどやっぱりカワイイ系だからさ、カッコいい系の人だったり年が上になってきたりすると合わなくなるんじゃないかな。正直わたしもキツイ」
おれ「アラサーやもんな」
奥さん「滅びろ」
おれ「」
奥さん「例えばYさんっているじゃん」
おれ「はい」
※Yさん=奥さんとおれの共通の友達❨女性❩
奥さん「あの子はヴィヴィアン・ウエストウッドとかが好きなわけさ」
おれ「知らない」
奥さん「こういうの」

エラー | 【公式通販】ヴィヴィアン・ウエストウッド

おれ「ほう」
奥さん「こういうのが好きな子に4℃プレゼントするのはさすがにどうかと思う」
おれ「まあわからなくはない気もする」
奥さん「たぶん『うん…』ってなると思うよ。お前はあの子の何を見てたんだと」
奥さん「そういうことで、4℃みたいなのが好きじゃない子もいるんだよ。このブログの人もそうなんじゃないかな」
おれ「なんか外資系に勤めてるバリバリの人っぽいよ」
奥さん「あー、そんな人に4℃あげちゃだめだよ。もっと高いものあげなきゃ」
奥さん「まぁ、わたしはサマンサティアラとかザ・キッスとかが好きだけどね」
奥さん「くれ」
おれ「えぇ…」

 

❨了❩

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