名前のない日記

俺の俺による俺のための憑き物落としをしています。

「無能な働き者」は有害だが将来性がある。

最初の記事からいきなり一日あいてしまったけど、別に毎日更新を目指してたわけでもなんでもないので、なんら問題ない。前のブログを書いてた時には健気にも毎日更新、時には一日に2つも3つも書いたこともあるが、それらの努力は特に何も生み出さず、単なる自己満足に終わったので、今回は出来る限り毎日更新しないように頑張りたい。



さて、最近読んだ小説にこんな一節があった。まぁよくある言い回しだが「①有能な働き者、②有能な怠け者、③無能な働き者、④無能な怠け者。さて、最も有害なのは?」という。

答えは言うまでもなく③無能な働き者なわけだが、これを知った時、人間はえてして「あぁ自分は無能な働き者になってはいけない。それよりは④無能な怠け者になった方が楽だし、周りも迷惑しなくて済むし、いいことづくめだ」と思いがちだ。

確かに、人を使う立場で考えればそれは至極正しいんだけど、自分が働く側である場合、それを全く同じに適用するのは果たして正しいんだろうかと思う。怠けてばかりいたら、無能はいつまで経っても有能にはなれないからだ。

頑張っても有能になれるとは限らないが、頑張らなければ確実に無能は無能のままだ。

つまり、さっきの①~④で表現すれば、

「③無能な働き者」は努力次第で「①有能な働き者」になれる可能性があるが、「④無能な怠け者」は本人の意識が変わらない限り「②有能な怠け者」にクラスチェンジすることはできない。

まとめると、「③無能な働き者」は最も有害だが将来性がある。対して、「④無能な怠け者」は「③無能な働き者」と比べて有害性は低い代わりに将来性がない。

さて、あなたはどちらになった方がいいと思う?




この増田(自分が「無能な働き者」の場合、どうしたらいいの?)もそうかもしれないが、「どこまでいっても無能は無能」と思い込んでる人が、世の中多すぎる気がする。そして、その思い込みを自分にも適用しようとする。

そういう思い込みは誰にとっても悲しい結果にしかならないので、そういう自覚のある人は出来るだけ早く意識改革をした方がいい。