名前のない日記

俺の俺による俺のための憑き物落としをしています。

ネットに渦巻く様々な「満たされない欲求」はどこへ行くのだろうか

承認欲求は脅威ではなくネット社会に不可欠な要素である - はてな村定点観測所

承認欲求の何が怖いかって、欲求が育つほど満たすための行動もどんどん過激になってくってこと。そしてそれを上手に抑制できる人間はかなり少ない。でもまぁ、壊れたって面白けりゃいいだろってのも一つの考え方。

2015/11/11 10:51

承認欲求の何が怖いかって、欲求が育つほど満たすための行動もどんどん過激になってくってこと。そしてそれを上手に抑制できる人間はかなり少ない。でもまぁ、壊れたって面白けりゃいいだろってのも一つの考え方。 - arata2515 のコメント / はてなブックマーク

これについて。ちょっと言葉足らずなので若干補足したい。


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上みたいなこと言っといてなんだけど、承認欲求は俺にもある。このブログの月間PV1,000を目指すんや!

まぁ1,000くらいだったらそのうち達成できるだろうけど、それを達成したらその次は1万、その次は10万、次は50万。数値目標はだんだんと途方もない数になっていく。ネット上にはその「途方もない数」を達成した人達がわんさかいて、自分なんてどこまで行ってもちっぽけな存在だ。

PVだけじゃなく、一目置かれる存在になりたい、という欲求もある。

ブックマーカーとして認知されたい

こんな増田もあったように、はてな内でもそれはある。

認められたい。「何者か」になりたい。○○先生と呼ばれたい!

そういうのはネット上に限らず、どこへ行っても発生する心の動きだ。そして、斎藤さんの記事(承認欲求は脅威ではなくネット社会に不可欠な要素である - はてな村定点観測所)にもあるように、それ自体はけして悪いことではない。社会における自己実現は、大抵のものが自身の研鑽、向上とセットになっていて、それを多くの人が実行していくのは、社会全体にとっても有益なことだからだ。


だが、それらの欲求は、自分が努力すれば必ずしも満たされるものではない。

例えば、カリスマブックマーカーとして大成*1するのには100文字以内で、小粋でウィットに富んだ言葉を量産するスキルが必要で、その出来栄えは個々人の能力に大きく左右される。

みんながみんな、xevra(id:xevra)先生にはなれないのだ。

満たされない欲求を抱えているのは、苦しいことだ。

満たされない欲求を処理する方法は二つある。欲求を捨てるか、何が何でも満たすために更なる取り組みを行うかだ。

欲求を捨てるのはとても難しい。そこまでに注ぎ込んだ労力(サンクコスト)を無視するのは簡単ではない。誰もが悟りは開けない。

というわけで、肥大化する承認欲求を満たすため、その人の行動はさらに過激化していく。そうした、ある意味「分不相応な承認欲求」を個人の自制心で抑制するのは、経験を経た大人でも生半可なことでは出来ない。

そういう「分相応」を、「意識する必要はない」と斎藤(id:cyberglass)さんは上の記事で語っている。

自分の領分をわきまえて分相応にすごす人が多数派だったら、フランス革命は成功しなかったし、私達は絶対君主や大名諸侯に支配されたままだっただろう。大きな理想が必要な場面がある。学生や革命家を理想へとかき立てた背景には、承認欲求が強く影響していたと考える。承認欲求は歴史を動かすのだ。


承認欲求は脅威ではなくネット社会に不可欠な要素である - はてな村定点観測所


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まぁ過激行動が周囲にかける迷惑とか、考えると少し億劫になるけど、なんでもやってみること、チャレンジするのは基本的には良いことだと思う。ブコメでは脊髄反射的に書いちゃったけど。迷惑かけなきゃ*2基本好きなように生きていいのが現世だ。

また、ネットで自己表現するモチベーションとしての「欲求」は、上で書いた「承認欲求」以外にも様々なものがある。どこかの集団に属することで安心を得たいという所属欲*3、嫌いなものを攻撃したい攻撃衝動、とか。

どれもネットではお手軽に得られる分、もっともっと!と欲求が過剰になりがちだ。その欲求が満たされなかった時の反動のレスポンスも早い。ネットの、そういう過剰になりがちな部分について、どこか不安を覚えてしまうのだろう。

そして、その不安は俺らが過渡期にいるからじゃないか、とも思う。それがスタンダードになった時、どういう社会になるのか、どういうことが起こるのかは、まだ俺にはわからない。

ただ、そういう欲求を充足することを前面に出して、隠そうともしない人は見ていてその薄っぺらさが鼻につくことはあるが、これは仕方ない。俺も含めて、大概の人はまだまだ未熟なのだ。

ネットでも満たされない欲求を抱えた人がたくさんいるとして、その人たちの欲求はこれからどこに行けばいいんだろうか、なんて考えると少し暗くなってしまう。

*1:どういうことなのかは知らないが。深く考えない方が幸せなのかもしれない。

*2:よっぽどひどい誹謗中傷やデマの拡散でもない限り、ブログ書くくらいは迷惑の範疇には入らないと俺は思っている。

*3:世の「多数派(正義側)」に属したい、という欲求を持ってる(と目される)人はネットでは嫌になるほど見つけられる。そういうのはどちらかと言えば所属欲のように見える。「ぼくはここにいてもいいんだ!」と思いたい、というか。