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名前のない日記

俺の俺による俺のための憑き物落としをしています。

怒らない方がいいのか?という問い

怒らないほうがよくない?

↑の記事に、

怒らないほうがよくない?

怒った方がいい場面てのは確かにあるんだけど、大概の場合、自分のイライラの発散以上の意味はないことが多いので、増田の言うことは概ね正しい。

2015/12/02 08:43

怒った方がいい場面てのは確かにあるんだけど、大概の場合、自分のイライラの発散以上の意味はないことが多いので、増田の言うことは概ね正しい。 - arata2515 のコメント / はてなブックマーク

こんなブコメをつけたら星いっぱいもらったのでブログ書くわ。

この増田が言う「怒るという行為には損しか伴わない」というのには基本的に同意。

俺の仕事上の上司が「仕事上で怒ることは百害あって一利なし」というポリシーの持ち主で、俺もそれに共感している、というのも要因としてはある。


 ***


まぁこんなこと言うまでもないけど、「怒る」と「叱る」って違う。

あくまで自分の腹立ちを相手にぶつける行為が「怒る」で、相手の改善を意図して行う行為が「叱る」だと思うんだよね。「怒る」って、あくまで自分のために行う感情表現なんだ。

だから、「君のためを思って怒ってるんだ」なんてのはそもそも意味不明なのである。

ただし、ブコメでも書いたが「怒った方がいい場面」というのもある。正確に言うと「怒ったポーズを取った方がいい場面」だ。具体例は難しいが、「これをされると自分は怒ると相手に知らしめたい場合」なんかがこれに該当する。

俺の場合だと、子どもに対して「こういうことをされると普通の人は怒るんだよ」と教えたい場合などだ。

子どもは「何をしたら相手が怒るのか」を理解しておらず、誰かを怒らせることによって「相手が怒るライン」を学んでいく。そういう子供に対して諭しても上手く伝わらないことが多いので、実際に怒って見せるのがやはり手っ取り早い。

自分の「越えられたくないライン」を相手に伝える意味で怒る。この場合、怒りはコントロールされているので、本質的には「怒る」とは違う行為になる。

激昂せず「不快感を示す」というのもある。これもまた「怒り」はコントロールされており、ポーズ的なもので「怒る」とは厳密には分けて考えた方がいいのかもしれない。


 ***


で、「怒らない方がいい」のか?、という問い。

そもそも「怒る」という行為自体が自分にはコントロールできないもので、逆にコントロール出来てるならそれって本当に怒ってるの?という話にもなる。だから、損得勘定で怒るか怒らないかを判断する、という前提自体がそもそもおかしい、と言えなくもない。

だが、あえて損得勘定で「怒る」を考えるとすると、これはもう「怒ることで発散される自分のストレス」と、それとトレードオフとなる「相手との不和」「周囲への影響」なんかをどう考えるか、ということに尽きる。

あえて「怒る」ことで自分の「怒りライン」を周囲に明確に明示して、周囲に配慮させることとを利益と捉える人もいるし、逆に周囲に配慮させることを「申し訳ない」と感じてしまう人もいる。

物事を進めていく上で、「怒り」というコントロール出来ない感情に基づく行動をはっきり「害」だと捉える俺の上司のような人もいる。

増田の場合、「周囲へ与える影響」よりも「自分のストレス発散」の比重が軽いんだと思う。

それらをどう考えるかは、それぞれの人生観に大きく関わってくるので、どれが正解というのはない。怒りたい人は安心して好きなように怒るといい。