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名前のない日記

俺の俺による俺のための憑き物落としをしています。

日本に死んでほしい人が多すぎてつらいから日本死ね

いやまぁ大したことが言いたいわけじゃねーんですけどね。


男が育児出来ない日本死ね

これ、別に日本死ぬ必要なくね?

育休取らないまでも、自分で業務量の調節するなり、自分で出来ないなら上司に言って配慮してもらうなり、それでもだめなら残業少ない部署に異動を申し出るなり、色々自分でやれることあるじゃん。

それもせずに(かどうかは知らんが)夜な夜な増田に「日本死ね」って書いてるだけじゃ、そりゃ変わらねーよとしか言いようがない。

(まぁこの増田自体、忙しい旦那さんをお持ちの奥様が書かれてる可能性もあるのでその辺を突っ込むのは野暮かもしれませんがね)

いやわかるよ? 会社に言ったところで聞いてもらえないとか、そもそも職場の雰囲気的に言いだせないとかね、色々ありそうなのは俺も勤め人なんでわかりますよ。

だけど、だとしたら増田が文句を言う相手は会社や会社の雰囲気そのものであって、別に「日本」に対して「死ね」なんて言葉をぶつける必要はないよね? 日本、関係ねーじゃん。


俺が最近の「日本死ね」ブームに対して思うのって結局そういうことで、要するに「適切な相手に適切な文句を言ってくれよ」ってことなんですよ。

元の保育園増田だってそうじゃないですか。あの増田が文句を言う相手は、一義的には落とした主体である区の行政であり、予算を配分してる東京都政。遠因は政府ないしは国にもあるかもしれないけど、いきなりそこまで目的語でかくするのってどうなのよ。

色々言われましたが保育園増田は国会でも取り上げられました。現政府にイチャモンつけてればご飯が食べれる人たちに利用されつつ。一応、首相から「待機児童ゼロに」なんて言ってもらえたぐらいなんだから、一定の意味はあったのかもしれない。

でも、俺はやっぱり思ってしまうんです。

目的語をでかくし過ぎると、話ってやっぱりどこかボケてくると思うんです。曖昧な文句は曖昧な反応で終わってしまう。

あの保育園増田はこれだけ色々なメディアに取り上げられたけど、「じゃあどう改善していくの?」っていう一番重要な部分は置き去りにされたまま、政権攻撃の道具でしかなくなってしまっている。首相のリップサービスで終わっちゃっていいんですか、ってことです。まぁ所詮は匿名の愚痴なのだから、それでいいのかもしれないけどね。


これは俺も含めてだけど、みんなただ愚痴りたいだけで、誰も本気で現状を変えたいなんて思ってないんじゃないかって、思ったりする。「日本死ね」なんていう曖昧で甘えた文句がこれだけ受けるのって、そういうことなんじゃないかと俺は思うんですよ。

「国」とか「政治」とかって、言ってみればすごくよく出来たサンドバックなんだよ。どれだけ叩いても叩き返してこない。叩けば叩くほど喝采を浴びたりもする。そいつらを叩いて叩いて、「国が悪い」って言っていれば自分からは何もしなくていい。「国が悪い」は「俺に責任はない、自分は悪くない」の裏返しなんだよね。

だから、何の考えもなしに流行に乗ってこの言葉が乱用されるのを見ているのは、どうにも居た堪れない気持ちになる。

もちろん、所詮は匿名ブログなんだから「単なる愚痴の場」で全然かまわない。多くの人がそれに共感したなら、メディアが大きく取り上げるのだっていい。

だけど、この言葉に透けて見える「無責任さ」って、今や日本中に蔓延しているような気がするんだよ。

無責任な国民が選んだ政治家は無責任になって無責任な行政を生み出す。そのサイクルから生み出されたのが今のこの状況なんじゃないかって。

そんなのはもうやめにしなきゃいけない。どうすればいいか、一人一人が真剣に考えないといけない。その上で、改めるべきところは改めるべきだ。

つらい。