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名前のない日記

俺の俺による俺のための憑き物落としをしています。

「俺が、俺たちが、メディアだ!!」というプライド

連投。今日の俺はなぜだかやる気がある。なぜかと言うと会社をお休みしたからだろう。

フミコフミオに言及して炎上したけど納得いかないから反論する - しっきーのブログ

これ読んで。

自分がはてなを始めたのは正確に言うと2014年夏ごろで、その頃からしっきー (id:skky17)さんは「はてな」の中でも押しも押されぬ人気ブロガーだった。そんな方に、俺のような日々のPV3くらいの互助会ですらないぶろがーが言及してええんかという気がしないでもないが、まぁ気にせずいこう。

最初に書くが、俺はこの記事のメインになってる某氏の炎上についてはあまり触れるべきではないと思っている。F氏の記事も読んだがブクマはしなかったのもそのためだ。*1なので、その件についてはこの記事中では触れない。文旨にはあんまり関係もないし。

これについて書きたいと思ったのは、(もしかしたら本筋ではないかもしれないが)本文中にこういう言葉があったからだ。

 誰かに対する批判って、自分の考えを持って、それをできるだけ筋道立てて説明しようとすることだと思う。自分の理屈が間違っていれば相手がそこを攻めれるようにする。それがルールだよ。
 フミコフミオの文章は、悪口、悪口、悪口、感情、という構成になってて、中身なんて何もないじゃないか!
 対象がどんな奴であれ、これをベースにしてみんなで叩くってあまりにも酷い。本当にびっくりするよ。はてなってこんなところだっけ?お前らにはプライドがないのか?

「プライド」。

この「プライド」という言葉に俺は強く惹かれてしまった。

ここでしっきーさんが言いたいのは「こんな記事*2に同調して恥ずかしくないの?」ということだと思う。しっきーさんは、同記事に追従するブコメを残すブクマカーに対して「プライドはないのか」という問いを投げかけているわけだ。

「こんな記事をブクマする(同意ブコメを残す)なんて、俺のプライドが許さないぜ」なんて思うブクマカーがいるかどうかは知らないが、これと似たようなことが問題になっている事案がある。「互助会問題」だ。

「互助会問題」では、自分のブログへの「返報」を期待して同じくはてなブログをブクマするブロガーが批判を受けている。ここでは「返報」を期待してブクマする「不純さ」が批判されているわけだが、「ブクマをつける」という行為に対して何らかの規範性を求めているという点においては、上のしっきーさんの「プライド」指摘と通じるものがある。


一時期はてなで「メディアクリエイター」などという言葉が話題になったこともあるが、俺は「メディア」という言葉に強い興味がある。これは俺の「執着」だ。

メディアとは「媒体」だ。情報の「出し手」と「受け手」の間をつなぐ媒介物のことだ。

例えば新聞社。新聞社は自社で製作する「新聞紙」によって収集した情報を購読者に届ける。TV局なら「テレビ番組」、ラジオ局なら「ラジオ番組」だ。

我々のようなブロガーにとってのメディアは「自分のブログ」になる。ブログを更新することによってブロガーは自分の考えを読者に伝える。

ではでは、ブクマカーにとってのメディアとは。それは自身の「ブクマ」に他ならない。

例えば、俺のブクマカーとしてのメディアである「arata2515のはてなブックマーク」はこんな感じだ。

arata2515のはてなブックマーク

インターネット上のコンテンツへのリンクと筆者の一言コメント。これがブクマカーにとっての「メディア」だ。閲覧者との関係においては、ブクマカーは情報の「出し手」となる。

これは言っちゃえば当ったり前のことなんだけど、意外と忘れがちなのでここで一応確認しておく。

繰り返すが、俺たちブクマカーは情報の「出し手」なのだ!


ここからは俺の持論になる。メディアの作り手に最も求められるのは「矜持」だと思う。言い換えれば「プライド」。「ポリシー」と言ってもいい。

どこかでも言ったが、メディアは単なる媒体で、中身がなければ「空の器」に過ぎない。メディアが力を持つのは、中身に「情報の出し手」の意志が込められるからだ。

忘れがちになってしまうが、「情報を出す」というのは本来は物凄く恐ろしいことだ。軽い気持ちで書いた物が他の誰かを傷つけてしまうかもしれない。誰かの人生に悪い影響を与えてしまうかもしれない。場合によっては、生命に直接影響してしまうことだってあるだろう。

「情報の出し手」には、自分が出した情報と、出したことによる結果に対する責任がある。発信者としての責任だ。

その「責任」は、新聞やテレビのような大メディアと同じく、俺たちブクマカーだって潜在的には背負わされているもののはずだ。

そのブクマは、そのブコメは本当に世に出して恥ずかしくないものか。

発信者の責任において、自らの「プライド」を頼りに、判断をする。

それは、メディアの大小に関わらず、発信者として最低限の責任であり、プライドだ。

「そんな責任、負いたくないよ」というブクマカーも中にはいるだろう。

悪いことは言わないが、そういう人にとって一番いいのはブクマを非公開にするか、ブクマ行為自体から足を洗うことだと俺は思う。


以前俺はある記事にこういうブクマを付けた。

互助会なんて知った事じゃねえよ - おのにち

規約違反にならない限り、ブクマなんて好きにつければいいのさ。それに文句つける奴こそどうかしてる。自分の「面白い面白くない」について、他人にどうこう言われる筋合いはない。

2016/04/14 22:50

規約違反にならない限り、ブクマなんて好きにつければいいのさ。それに文句つける奴こそどうかしてる。自分の「面白い面白くない」について、他人にどうこう言われる筋合いはない。 - arata2515 のコメント / はてなブックマーク

基本的には今も考え方は変わっていない。上に述べたようなことは最低限も最低限、大前提の話だ。

自分が面白いと思ったものにブクマをつける。それについてコメントを書く。はてブは自分のメディアなのだ。規約に反しない限り(規約に反していると運営側に判断されない限り)、自分以外の誰かに従う必要などない。文句があったとしても、そんなものは編集権の侵害だとでも言ってやればいいのだ。

ただ、個人的に思うのは、誰かの怒りに便乗して、その誰かを隠れ蓑にして、相対的に弱い立場にいる誰かを集団で叩くのは見てて気持ちいい光景じゃないし、俺は大嫌い。それが皆の嫌う「イジメ」の構図とほぼ相似であることに見て見ぬ振りする連中も大嫌い。人間としてのプライドはねえのかよ。

*1:とは言いつつ一言言いたくなってしまってご本人のブログをブクマしてしまったりはしたが。

*2:言及されている記事が「こんな記事」であるかどうかについては言及しない。する能力も知見もない。