名前のない日記

俺の俺による俺のための憑き物落としをしています。

終わるからこそ、また新しく始めることも出来る。

色々あった2016年が終わろうとしている。そんな中で、今年亡くなった母が大好きだったSMAPが26日に終わった。その影響もあるのかもしれないけど、何か色々なものが終わったように感じる一年だったなぁと改めて思う。

SMAPに関しては色々と思う所はあるけど、なぜか俺は「ルパンvs複製人間」のルパンのこの台詞を思い出してしまった。

「感謝しな、マモー。やっと死ねたんだ」

マモーは自分のクローン人間を創り出し、それを何代も何代も繰り返しコピーし続けることによって自身を「永遠の存在」にしようとした怪人だ。コピーに継ぐコピーはやがて遺伝子情報を狂わせ、クローンは粗悪品しか生まなくなってしまっていた。

「永遠の若さなんて、所詮夢なのね」

不二子は言う。

その通り。永遠に続くものなんてない。変わらないものなんてない。だけど、そんなものはないと理性では知りつつもそれを求めてしまう。人間の悲しき性だ。

この映画で、ルパンと次元の有名なやり取りがある。「神」のような力を持つマモーと、たった一人で対決しようとするルパンを止めようとする次元。

「行くなルパン!」
「俺ぁ、夢、盗まれたからな。取り返しにいかにゃ」
「……夢ってのは、女のことか」
「実際クラシックだよ、お前ってやつは」

ここでいうルパンの「夢」を理解するには、二つのシーンを解説する必要がある。

まず一つ。人の深層心理を暴く機械を使って、マモーがルパンの本性を暴こうとしたシーン。ルパンの表層に浮かぶお下劣な欲望を機械が映し出し、いよいよ深層というところで突如モニターが白く点滅し始める。それを見たマモーはこう叫ぶ。

「なんということだ! ルパンは夢を見ない!」

マモーはそれを「神の意識にほかならない」という。

思い浮かべるものは全て現世で実現させるルパンは、夢を見る必要がない。夢見るものは全て叶える男、それがルパンだからだ。夢を見ないルパンにとって、盗まれるような夢などないはずだった。本来ならば。

しかし、その後マモーは確かにルパンの夢を盗むことに成功している。それがこのシーンだ。

「そういえば君の仕事を楽にするために作った君のコピーはどうした? あるいは、処刑されたのはオリジナルの方だったかもしれんぞ」
「馬鹿言うな! 俺はホンモノのルパン三世だぞ!」
「ようく考えてみるのだな。ふははははは……」

ルパンにとって「夢」とは、しいて言えば「ルパンであること」だった、と考えればおおよその説明はできる。マモーの「処刑されたのはオリジナルの方だったかも」という発言は、「自分がルパンであること」を揺るがすものだった。それをルパンは「夢を盗まれた」と表現したわけだ。

「君は死を恐れんのだな。冥土の土産に教えてやろう。処刑されたのはコピーの方だ。君は確かにオリジナルのルパンさ。安心して死ぬがいい!」

自分が自分でなくなったとしても永遠を生き続けたいマモーと、例え命を失おうとも自分自身でありたいルパン。

マモーから見れば、せっかく天が与えた才能があるのに一時の生しか生きられないルパンは不幸だが、ルパンにとっては、脳髄だけの存在に成り果ててまで生き続けたマモーは哀れでしかない。二人が対決するのは必然だった。

対決を制したルパンはマモーを時限爆弾で殺した。これはルパンにとっての介錯であり、優しさだった。

「感謝しな、マモー。やっと死ねたんだ」

 

 

全てのものには限りがある。たとえどんなに遠ざけようとも、いつかくる終わりは避けられない。アイドルは解散する。人は死ぬ。

いつまでも終わらないでほしい。そう願う瞬間も確かにあるけど、やはりすべての物は終わるからこそ美しいのかもしれない、とも思う。どろどろに腐ってしまったものに「それでも終わらないでほしい」と望むのは、生き続けるために自分自身すら見失って怪物に成り果ててしまったマモーと同じなんじゃないか。

だから俺は、色々なことを含めて「これで良かったんだ」と思うことにした。俺だっていつか死ぬんだ。それでいいじゃないか。


やっぱりSMAPは解散してよかったと思うんだ

終わるからこそ、また新しく始めることも出来る。それは確かに事実だと思う。

2016年も終わる。終わるからこそ、また新しく2017年を始めることができる。

よいお年を。